Research Activity

研究紹介

冠攣縮/血栓症グループ

  • 2021.06.1 |

<冠攣縮に関する研究>

閉塞血管を持たない急性心筋梗塞(MINOCA)の臨床的特徴、リスク因子に関する研究

冠攣縮をはじめとした閉塞血管を持たない急性心筋梗塞であるMINOCAが注目されておりますが、これまでに大規模な研究の報告は少なく、特に日本からの大規模な症例をまとめた報告はありませんでした。今回我々は、日本循環器学会が行う循環器疾患診療実態調査(The Japanese Registry Of All cardiac and vascular Diseases; JROAD)の診断群分類・包括支払(Diagnosis Procedure Combination; DPC)のデータベースを用いて疫学的にMINOCAの臨床的特徴や院内予後、外的リスク要因として大気汚染の影響を検討しました。解析の結果、MINOCAはAMI全体の約10.2%に認めました。従来の閉塞血管のある心筋梗塞であるMI-CADと比較し、MINOCAは女性、若年、非喫煙者、非糖尿病、非肥満、Killip分類Ⅱ以下が多い、全身の併存疾患が多い(慢性肺疾患、末梢動脈疾患、脳血管疾患、肝疾患、腎疾患、悪性腫瘍)、ADLが保たれているといった特徴がありました。院内予後については30日以内死亡がMI-CADに比べてMINOCAでハザード比 1.16~1.27と上昇しており、予後不良因子であることがわかりました。(Ishii M, Kaikita K, Tsujita K et. al. Int J Cardiol. 2020; 301: 108-113.)
大気汚染は健康被害をもたらす懸念事項の一つですが、PM2.5やオゾンといった大気汚染物質と同様に、黄砂も健康被害をもたらすことがわかっております。黄砂やPM2.5の短期曝露により急性心筋梗塞の発症が増加することが報告されておりますが、MI-CADと病態の異なるMINOCAで同様に大気汚染の曝露が発症リスクとなるかはわかっておりませんでした。そこで、JROAD-DPCのデータベースを用いてMINOCAおよびMI-CADの発症と黄砂やPM2.5の短期曝露との関連についてケースクロスオーバーデザインで検討しました。結果、黄砂曝露2日後にMINOCAの入院のリスクが上昇していること(オッズ比1.65)が明らかとなりました。MI-CADの入院と黄砂曝露の関連は認めませんでした。サブグループ解析ではADL低下群よりもADL保持群の方が有意に黄砂曝露とMINOCAの関連を認め(オッズ比1.17 vs. 2.66)、交互作用が明らかとなりました(p=0.02)。PM2.5の短期曝露については、曝露2日後のMINOCA, MI-CADのリスクが上昇していることが明らかとなりましたが、MINOCAの方がより低濃度のPM2.5の曝露でもリスクが上昇していることが明らかとなりました。

これらのことからMINOCA含め急性心筋梗塞の発症に大気汚染物質の曝露が誘因となっている可能性が示唆されました。
(Ishii M, Kaikita K, Tsujita K et. al. Eur J Epidemiol. 2020 May;35(5):455-464., Eur J Prev Cardiol. 2020 Feb 11:2047487320904641.)

<抗血栓療法の有効性、安全性に関する臨床研究>

経皮的冠動脈形成術(PCI)施行患者におけるT-TASシステムの有用性

経皮的冠動脈形成術(PCI)を施行された虚血性心疾患患者に対する抗血小板療法は標準治療として確立していますが、治療開始に伴う出血リスクが問題となります。各種ガイドラインにておいて出血リスクを元に適切な抗血小板療法を行うよう推奨されており、近年ARC-HBR (Urban P et al. Circulation, 2019; 140:240-261. Eur Heart J, 2019; 40:2632-2653)と呼ばれる高出血リスク評価基準が提唱されましたが、そのような高出血リスク患者の血栓形成能は明らかでありません。そこで今回、当科でPCIを施行された冠動脈疾患患者の血栓形成能や出血リスクをARC-HBRが陽性か否かで評価しましたところ、ARC-HBR陽性患者はT-TASで評価される血栓形成能(AR10-AUC30)が有意に低下しており、ARC-HBRとT-TAS値を組み合わせることで、PCI後1年以内の出血イベントリスクの予測に有用であることがわかりました。以上により、PCI施行患者の出血イベントを予測するにあたりT-TASが有用である可能性が示唆され、T-TAS値を参考にすることで適切な抗血栓療法の選択が可能になると期待されます。

(Nakanishi N, Kaikita K, Tsujita K et al. Int J Cardiol 2021;325:121-126.)

透析患者におけるT-TASシステムを用いた血栓形成能評価の有用性

虚血性心疾患患者に対しては経皮的冠動脈形成術(PCI)が標準治療となっている現在、抗血小板療法が開始されますが、腎臓臓病合併冠動脈疾患患者において、抗血小板療法により出血リスクが上昇することが知られています。また、抗凝固療法も同様であり、腎機能障害により出血リスクが上昇すると報告されています。透析患者においてはさらに出血リスクが高いと言われておりますが、そのような患者の血栓形成能についてのエビデンスは乏しいのが実情です。そこで今回、当科でPCIを施行された透析患者を含む冠動脈疾患患者の臨床的特徴や血栓形成能との関連をT-TAS(PL18-AUC10、AR10-AUC30)を用いて評価しましたところ、透析患者はT-TASで評価される血栓形成能が有意に低下しており、PCI後1年以内の出血イベントリスクも有意に高いことがわかりました。以上により、透析患者の低血栓形成性、高出血リスクの評価のためT-TASが有用であることが示唆され、透析患者に対する適切な抗血栓療法が可能になると期待されます。

(Nakanishi N, Kaikita K, Tsujita K et al. Thromb Res 2021;200:141-148.)

<急性心筋梗塞の治療戦略における基礎研究>

急性心筋梗塞の治療戦略における基礎研究

マウス心筋梗塞・虚血再灌流障害モデルでの検討 早期再灌流療法の発達により急性心筋梗塞の救命率や予後は改善してきておりますが、依然として急性心筋梗塞は致死的な病態であり、救命されたとしても再灌流障害、梗塞後心筋リモデリングにより心機能低下を来し心不全に至るなどの課題が残されております。そこで我々は、マウスの心筋梗塞・虚血再灌流障害モデルを用いて心筋梗塞後リモデリングの病態解明やその心保護戦略を検討してきました。再灌流障害のメカニズムとして活性酸素腫の産生、細胞内カルシウム濃度の恒常性の破綻、炎症などが考えられますが、我々はケモカイン受容体CCR2欠損マウス(Kaikita K et al. Am J Pathol. 2004;2:439-47, Hayasaki T, Kaikita K et al. Circ J. 2006;3:342-51)やマクロファージスカベンジャー受容体欠損マウス(Tsujita K, Kaikita K et al. Circulation. 2007;115:1904-11.)を用いて、梗塞後リモデリングにおける炎症細胞の関与や、虚血再灌流障害形成における小胞体ストレスによるアポトーシスの役割をCHOP欠損マウス(Miyazaki Y, Kaikita K et al. Arterior Thromb Vasc Biol. 2011;5:1124-32.)を用いて検討し、また肥満・糖尿病モデルマウス(KK-Ay)を用いて抗炎症効果を持つピオグリタゾンの再還流障害抑制効果(Honda T, Kaikita K et al. J Mol Cell Cardiol. 2008;5:915-26.)を検討してきました。薬物治療の効果としては、慢性心不全に対する新たな作用機序の抗心不全薬として登場したアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬であるSacubitril/Valsartanを使用し、梗塞後心筋に対する心破裂抑制効果、抗炎症効果を検討しました。

(Ishii M, Kaikita K, Tsujita K et al. J Am Coll Cardiol Basic Trans Science. 2017;2(6):655-668.)

また抗凝固薬であるリバーロキサバンがプロテアーゼ活性化受容体のPAR-1、PAR-2を抑制し、心筋梗塞後の粗悪なリモデリングが抑制され、心保護作用を発揮する可能性をマウス実験により示しております。

(Nakanishi N, Kaikita K, Tsujita K et al. Circ Rep. 2020 Mar 4;2(3):158-166.)

メンバー紹介

石井 正将 (特任助教)

九山 直人 (大学院生)

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